2013年9月1日〜15日 |
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9月1日 フィル 〔調教ゲーム〕 つい声が冷たくなる。 「で、どうありたいと望むのですか」 ご主人様はヴィラでほかの犬と遊ぶ時に泣いたり、怒ったりしないでほしいと言った。 「無理です」 ぼくは首を振った。 「ぼくたちにも感情がある。全員、あなたといたい。ほかのやつを近づけたくない。だが、あなたは主人だ。それらを切り捨てて、冷酷に支配すればいいのではないのですか」 だが、ご主人様は言った。恨むなというつもりはない。だが、おまえたちを不幸な状態にしておきたくない。一番全員が幸せな選択はなんだろうか。 |
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9月2日 フィル 〔調教ゲーム〕 ぼくは一応突き放したが、皆それなりにあきらめていることは知っている。 あのゲームの前にすでに全員、葛藤を乗り越えたのだ。ふたりとは、まさか思わなかったが。 「アルに相談しましょう」 ぼくは言ってから、言い直した。 「いや、先にあなたがアルに話したほうがいい。それからふたりで考えます」 ご主人様は頼むよ、とぼくを抱きしめた。 ずるい人だ。一番最初に相談したら、ぼくが耳を貸すことを知っている。 だが、秘書が犬だって? くそ。本当にこのひとにはきりきり舞いさせられる。 |
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9月3日 フィル 〔調教ゲーム〕 アルは言った。 「その日本の子たちと会って、友だちになればいい。友だちなら嫉妬もない」 そう簡単にいくだろうか。 ぼくは言った。 「タイミングが悪くないか。ご主人様はランダムの世話をぼくらにおしつけて、自分は日本で浮気していたんだぜ。感情問題として受け入れがたいと思うがな」 カミングアウトは半年先のほうがいいのではないか。 「小細工しなくても平気だよ。ご主人様が認めたなら、その子たちはいい子なんだ。きっと皆愛せる。まわりを見ればわかるでしょ」 |
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9月4日 フィル 〔調教ゲーム〕 ぼくはせめてご主人様に、ひとりひとりに話してくれるよう頼んだ。 案の定、ロビン、ミハイルのショックが大きかったようだ。 ミハイルは翌日、CFに行ったきり、ずっと帰ってこなかった。ご主人様がいる日はいつもすっとんで帰ってくるのに。 ロビンは部屋にこもっている。 エリックは意外にあっさりしていた。 彼はご主人様をランダムのリハビリに誘った。 「このうちは危険です。嫉妬深いワン公どもがいつ噛み付いてくるかわかりませんからね」 |
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9月5日 フィル 〔調教ゲーム〕 キースも動揺は少ない。 「おれはそういうもんだと思ってるけど、皆が心配で」 彼は言った。 「皆自分の価値が6分の1から8分の1になったように思ってる。そんなのナンセンスだよ。あ、9分の1か」 なぜ嫉妬しないのかと聞いたら、 「ご主人様はおれにとってスターみたいなものだからね。スターにゴシップはつきものだろ」 つまりキースにとっては6分の1どころじゃない。100万分の1ぐらいだったってことだ。 それはまあ、100万6から100万9になったぐらいじゃこたえないだろう。 |
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9月6日 フィル 〔調教ゲーム〕 動揺するミハイルとロビンに対し、ご主人様は彼なりの方法で解決した。 すなわち、ミハイルには調教を、ロビンには旅行で報いたのである。 一瞬、あ然としたが、納得がいった。 別に不公平ではない。 ミハイルは犬だ。口でくどくど説得されるより、支配されたい。自分が主人の所有物だとしっかり確認したい。調教で主人を独占できるのは彼にとって甘美なことなのだ。 対してロビンは甘やかす作戦だ。彼には調教は劇薬すぎる。特別扱いが必要なのだ。 ……ぼくもちょっとゴネるべきだったか。 |
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9月7日 フィル 〔調教ゲーム〕 ご主人様は最初ミハイルを連れて行った。 一週間後、ご主人様は次にロビンを連れていった。 ミハイルはふたりの日本人をともなって帰ってきた。 「ケイとゴウ、ゴウは皆知ってるよな」 ふたりの日本人は英語に堪能だったが、ひどく緊張していた。ご主人様がいないドムスに放り込まれ、どうしていいかわからないようだった。 ぼくたちも少し困惑した。ケイは社交的に鍛えられていたが、ゴウのほうはずっと無表情だ。口数も少ない。 ミハイルは自然と彼らのホストを務めていた。 |
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9月8日 フィル 〔調教ゲーム〕 ケイは感じが少しナオに似ている。 とても人に気を配るのがうまい。それでいて、堂々としていて日本人らしい内気さがない。 エリックは彼が気に入ったようだ。 「水戸黄門知ってるって! 今度、別の時代劇のDVDも見せてくれるってよ!」 ゴウのほうはアルがしきりとかまっているが、反応がにぶかった。 「英語がわからないのかな」 キースも心配していたが、ケイは否定した。 「彼は英語もフランス語もイタリア語もわかるよ。ただ、おしゃべりが得意じゃないだけじゃないかな」 |
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9月9日 フィル 〔調教ゲーム〕 ケイは話の輪にうまく入ってくれるが、ゴウはどうしても隔たりが出来る。 アルはケイに聞いた。 「ゴウはショックなのかな。ご主人様にこんなにファンがいて」 「どうかな」 ケイは困って言った。 「あのひとはちゃんときみらのことを伝えているよ。ただ、ゴウは日本語でもあまりしゃべらないんだ。きみらに敵意はないと思うんだけど」 聞いてみると、ふたりで知り合ったのもつい最近なのだという。 「はっきりいって、こっちも泣きわめきたいぐらいなんだよ。でも、ボスはああいう人だしね」 |
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9月10日 フィル 〔調教ゲーム〕 そんな中でゴウが一番気を許したのが、ランダムだ。 ランダムは彼のことを覚えていた。寄っていって、しきりにそばにうろついた。新聞をとってきたり、お菓子の袋を持っていったりした。 「手が使えるようになったのか」 ゴウは変化に気づいた。 「ごく最近だ」 エリックが言った。 「すぐ怠けて口で運びたがるんだが、きみをもてなしているんだよ」 ゴウははじめてうれしそうな笑みを見せた。 その場にいる男が全員撃ちぬかれるような透き通った笑顔だった。 |
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9月11日 フィル 〔調教ゲーム〕 ご主人様とロビンが戻ってきた。 「ロンドンに行ってきたんだぜーっ」 ロビンは紅茶のみやげを皆にふるまった。エリックがあきれた。 「なんであんなつまんないとこに」 「だって、バッキンガム宮殿見たかったんだ」 本当は東京がいいと言ったんだが、ご主人様が休んだ気分にならないからイヤだ、ということだった。本当にご主人様の休暇をひとりじめしたのだ。 ロビンは新しい仲間にも紅茶を配り、自己紹介した。 「おれはロビン。なんでも聞きたまえ。おれはこの家の一番はじめのワン公だ」 |
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9月12日 フィル 〔調教ゲーム〕 その晩、ご主人様の部屋の窓から日本語の激しい怒鳴り声が聞こえた。 ケイの声だ。 皆には紳士的に接していた彼だが、やはりご主人様には言いたいことがあったのだろう。 キッチンにいると、ゴウが来た。 「あの、牛乳もらっていいかな」 「どうぞ」 窓から上の怒鳴り声が聞こえてくる。ぼくはつい聞いた。 「なんて言ってる?」 「『ぶっ殺してやる』って」 おー。 なんとなく、ゴウと目が合った。 どちらからともなく笑ってしまった。 「同感だね」 ぼくが言うと、彼はコクリとうなずいた。 |
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9月13日 フィル 〔調教ゲーム〕 中庭で庭キャンプをやった。 アルがピザをこねつつ聞く。 「きみらはキャンプはよくやるの?」 「おれははじめてなんだ。要領がわからないから野菜切るよ」 ケイは昨日のことなど洗い流したようにすっきりした顔をしていた。 ゴウは黙々とピザ釜に薪をくべている。テントを張るエリックのそばにはランダムがいて興奮していた。 ご主人様がビールを手に帰ってきた。 ロビンがわめく。 「皆、被告から取引のビールが来た。用心しろ」 だが、冷たいビールを飲むと全員あっけなく減刑に応じてしまった。 |
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9月14日 ラインハルト 〔ラインハルト〕 クリスがふさいでいる。 以前、兄の敵討ちにやってきたアシュリー・ロスが結婚したとのことだった。 ロス家のスキャンダルを知った上で嫁いだ気丈な嫁さんだ。アシュリーはいい結婚をした。 「なのに、なんで祝福してやらない」 「……どいつもこいつも所帯持って、丸くなりやがって」 「おまえもいいやつ見つけて、丸くなれ」 彼はピーナツを投げつけた。 「ラインハルト・リーデルが丸くなれだと? 笑わすな」 おれも投げ返した。 「大人になれ。ピーター・パン」 おれたちはピーナツを投げあった。 |
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9月15日 ルイス 〔ラインハルト〕 マンガ未亡人の日だ。 先日、アキラのもとにまたマンガが届いた。 今回のはいつもよりでかい箱。アキラは朝から鼻歌が出るほど浮かれている。 おれはといえば、仕事が急にキャンセルになり、空白が開いてしまった。 どこかに行ってヒマをつぶすしかない。 「ルイス」 アキラがダンボールを開けて言った。 「今日、ヒマ?」 「ああ、ジムでも……」 「これ、読んでみない?」 アキラがマンガを差し出す。 なんと英訳のついたマンガだった。 ……そうきたか。 |
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